ビガバトリンとはどんな薬?
東京女子医科大学小児科 林 北見
Last Updated Apr.30.2001
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はじめに
ビガバトリン(VGBと略)はヨーロッパで開発され、20年以上臨床使用されています。日
本でも1990年以降、臨床治験が行われていましたが、現在、その治験は中断されており、
再開の目途はたっていません。なぜこのような事態になっているのか、その経緯と今後の展望
について述べます。
ビガバトリンはどんな薬か
脳の働きは神経細胞の興奮性活動と抑制性活動との適切なバランスの上に営まれています。
脳神経細胞の異常活動であるてんかん発作を抑制する方策として、細胞の活動を抑制する脳内
伝達物質であるGABA(ガンマアミノ酪酸)の機能を高めて細胞の興奮性を抑えることが考え
られます。VGBはGABAを分解する酵素の働きを抑制して脳内のGABAを濃度を高め、抗てん
かん作用を発揮すると考えられています。
ビガバトリンはどのようなてんかんに有効か
ヨーロッパの成績では、成人の部分発作に対して40-50%の患者さんで50%以上の発作減少
が得られ、かつ長期間にわたって効果が維持されています。小児の部分発作に対しても、ほぼ
成人と同等の成績が得られています。決して驚異的な数字ではありませんが、従来の薬剤が無
効であった患者さんに対しての成績であり、有用性が高く評価されています
注目すべきは、West症候群、特に難治性てんかんの代表的な原因である結節性硬化症に対
する成績です。1996年にとAicardiらが192例のWest症候群に対する成績を検討し、全体で
68.2%で有効、発症原因として明らかな疾患のある「症候性」の患者さんについても67.7%
で有効と報告し、注目を集めました。従来のバルプロ酸やクロナゼパム、ゾニサミドでも
30%程度、最も有効な治療法とされるACTH療法でも70一80%程度の有効率とされています。
さらに特徴的であったのは、結節性硬化症の患者さんで、28例中27例で有効であったことです。
その後、多くの研究者からWest症候群に対する報告が集まり、単純に集計すると全症例の
約50%、原因の明らかでない「潜因性」の患者さんで約60%、「症候性」で約50%となりまし
た。結節性硬化症では45例中43例で有効でした。従来の内服薬剤と比較すれば高い有効性が得ら
れています。ACTH療法は高い有効性に対して副作用も強く、また、いったん発作が消失して
も数年以内に再発する率が高いことが問題です。
VGBには治療中止を余儀なくされるような重篤な副作用がなく、再発率も他の治療法と比
較して低いことが報告されています。
開発中止の理由
なぜこのように有効性の高い薬剤の臨床治験が中断されているのでしょうか。
VGBの開発当初には大きな問題となる固有の副作用は認められていませんでした。しかし、
1997年、EkeらがVGB服用中の患者さんに視覚症状が出現することを初めて報告し、それ
以降、視覚障害、特に視野障害についての副作用報告が相次いでいます。
ものがぼやけて見える、視野が狭くなる、などの自覚的な症状を持っ方もおられましたが、
視野検査をして初めて異常に気づくことが多いようです。これは視野障害のおこる部位が視野
の周辺で、中心部は保たれるためと考えられます。長期服用の患者さんでは15-75%の患者さ
んに視野障害が見られることがわかりました。
どの程度生活に支障あるのか、症状は進行するのか、服用を中止すれば回復するのか、また、
どのくらい服用したら症状がでるのか、どのような条件で出やすいのか、など、様々な疑問が
ありますが、明快な答えはまだ見つかっていません。一旦出現した症状は薬剤を中止しても回
復しない可能性が高いが進行することはない、数ヶ月という比較的短期間の服用でも現れるこ
とがある、という程度で確定的なものではありません。
自覚症状を訴えることの出来ない小児や、障害のある患者さんにこの視野障害があるかどう
かを、どのように判断したらよいのでしょうか。視覚誘発反応(VER)や網膜電図(ERG)な
どよる検討が行われていますが、視野検査で異常がある場合でも検出率は100%ではなく、確実
な方法とまでは行かないようです。
なぜ、このような症状がでたのでしょうか。ERG検査の結果からこの視野障害は網膜の錐
体細胞に障害が起こるためと考えられています。この細胞には神経伝達物質であるGABAを
受け取る部位(GABA受容体)が豊富に存在することが知られています。VGBによって特に
網膜のGABA濃度が著明に上昇し、受容体の多い錐体細胞を障害すると想定されています。現
在のところ市販されている他の抗てんかん薬には同様の障害は報告されていません。
このVGBに特有な副作用である視野障害のために、日本では臨床治験が中断されました。
ヨーロッパ諸国では患者さんの条件によって慎重に選択する方向で、いくつかのガイドライン
が提案され、使用継続されています。
日本小児神経学会評議員アンケート
日本小児神経学会薬事委員会(大津真木子委員長)ではVGB治験中断にあたって、学会評
議員を対象として、医療者から見たVGBの必要性についてアンケート調査を行いました。
West症候群に対する治療成績と副作用報告をまとめて資料として添付しました。
95名(50%)から回答を得、回答者の78%はVGB導入に肯定的な意見でした。どのような
患者さんを対象とするか、という質問に対しては、「適応を限定して導入する」という回答が
多かったのですが、その内容は「難治性てんかんに限定する」という積極的な意見が半数を占
めていました。導入を急ぐべきではない、あるいは、導入すべきでないという否定的な意見は
12.6%でしたが、視野障害の評価や予後が十分には明らかになっていないことを理由に挙げ
ています。
次に、日本小児神経学会としてくVGB導入についてどのように対応すべきかを質問しまし
た。学会として積極的な対応が必要という回答が約半数でしたが、一方で、導入には積極的な
意見でありながら、アメリカでの承認申請の動向、治療効果や副作用の長期的成績などからよ
り慎重に判断すべきとの意見も多く見られました。高率な視野障害という患者さんに対する不
利益と、難治発作が抑制されるという利益と、どちらも捨てられないという、この問題に対す
る判断の困難さを反映しているものと思われます。
今後の展望
アメリカでは現在者霧叶症候群を対象として、「オーファンドラッグ」として申請中です。こ
れは、患者数の少ない難治性疾患に対象を限定し、通常の臨床治験を行わずに審査、認可を行
う方法です。アメリカで認可されれば日本での治験ないしオーファンドラッグ申請が再開され
る可能性はあります。課題は、患者さんがこの薬剤を是非必要としているのかどうか、出現す
る可能性のある副作用を許容できるのかどうか、という点にあります。医療者や患者さんの
要望がなければ製薬会社としても動かない可能性があります。
成人の副作用データはかなり集積されていますが、小児期に服用された患者さんの視野障害
についてはまだ十分評価されていません。ヨーロッパで1990年代前半に服用された方はそ
ろそろ症状や検査の評価が出来る年齢になっております。服薬時年齢や期間による視野障害の
発現頻度、障害の程度、改善の可能性などについての情報はこれから集まってくるものと思わ
れます。ビガバトリンの必要性について患者さん、ご家族にも医療者とともに考えていただき
たいと思います。
機関誌「波」2001年5月号 p.134-135
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